STORY

海の音を聴きに行く

あまねく。
広くすみずみまで行き渡ることを意味する、古くからある大和言葉です。

2027年、東京湾に就航する新しい船の名前は、広くあまねく船と想いが人々に届くようにという願いを込めてAMANEと命名されました。

AMANEという名前には海音、海の音というもうひとつの意味も込められています。

東京にも、豊かな水辺が広がっています。海に出て耳を澄ませば、波や風、水面を渡る音など、都市にいながら普段はなかなか気づかない海の気配に出会えます。その音に気づける静けさを、AMANEは目指しました。

一方で、船はエンジンの音や床から伝わる振動、燃料の匂いなど、船そのものが生み出すさまざまな感覚を伴う乗り物でもあります。それらをできる限り穏やかにすることで、海の音を感じられるように。AMANEの設計にはさまざまな工夫と技術的な挑戦が重ねられました。

「僕のまわりでは、船に乗ったときの、あの燃料の匂いがいいと言う人も多いんですけどね」。そう話すのは、AMANEの基本計画を率いた堀田さんです。

それを聞いて、水素燃料電池システムの搭載を主に担当する磯村さんが笑って返します。「エンジンの振動が心地いいとか、燃料の匂いが好きだとか言っているのは、多分技術系の人だけですよ」。

佐世保の造船所に駐在する現場監督の山崎さんが、こう続けます。「判断基準が技術ではなくお客さまの体験にあるのが、AMANEの特徴だと思います」。

AMANEの技術開発に深く関わる日本郵船の3名が、大勢の関係者を代表して、海音の静けさを生む仕組みを聞かせてくれました。知っていると、乗ったときの感じ方が少し変わるかもしれません。

堀田純平さん(日本郵船 工務グループ 計画チーム)
AMANEの技術チームを率いる。船の調達の基本計画を担う部門で、契約から約1年をかけてデザイナー・造船所と共に船内の仕様を作り込んできた。
磯村優樹さん(日本郵船 技術開発グループ グリーン技術チーム)
船舶の技術開発が本業。次世代燃料船のプロジェクトに携わり、AMANEでは水素燃料電池システムの搭載を主に担当する。
山崎遥香さん(日本郵船 工務グループ 造船チーム)
計画チームで基本計画から仕様の検討を担当したのち、いまは建造中の船がある佐世保の造船所に駐在し、引渡しまでを管理する現場監督。

電気で走る、静かな船

AMANEはなぜ静かなのか。それは、自動車で例えるなら、従来の船がガソリン車、AMANEはハイブリッド車に近い仕組みだからです。一般的な船は、エンジンの回転をプロペラへ直接伝えます。一方、AMANEは電動推進船です。陸上電力、バッテリー、ディーゼル発電機、水素燃料電池などから得た電力でモーターを動かし、プロペラを回します。モーターはエンジンに比べて振動や音が小さく、加えて、バッテリーを使うことが客室の静けさをいっそう深めています。

計画初期のメンバーは、あらゆる選択肢をテーブルに上げて検討しました。最初の候補は、陸上電力を用いて充電したバッテリーのみで動かす方式です。「ただ、スペースの制約やバッテリーの重量、コストを考えると、フルバッテリーで1日のクルーズをすべてまかなうのは、この船の大きさでは現実的ではありませんでした」。山崎さんは、そう振り返ります。バッテリーが占める面積が大きくなり、「人が乗れない、お食事できる環境も整えられない状態になってしまう」ため、最終的にはハイブリッドに切り替えることになりました。バッテリー、ディーゼル発電機、水素燃料電池を組み合わせた構成です。

この三つの電源は、作り手がそれぞれ違います。「コストや保証、実績を全部比較して今の座組を組みました。選んだメーカー各社と、造船所でひとつのシステムを作り上げたところが、技術面で一番一筋縄ではいかなかったですね」。山崎さんが挙げたのは、派手な新技術ではなく、地道な統合の苦労でした。

水素燃料を搭載するために

水素燃料電池が使われていることもAMANEの大きな特徴です。水素は、燃料電池で使うときにCO2やNOxを出さないクリーンな燃料。しかし、重油と比較して体積あたりのエネルギー量が大幅に少ないという弱点があります。航行に必要な量を積もうとすると、タンクは重油の何倍もの大きさになる。そもそも、船に水素を搭載すること自体に前例が少なく、配置方法に関する厳しい規制もありました。

水素だけで動かそうとすると、人ではなく水素を運ぶための船になってしまう。お客さまの体験を優先するなら、水素を使わないという選択肢もありました。それでも、次世代燃料をいま載せることには歴史的な意味があるはず。長い議論の末、水素は動力の一部を担う形で搭載されることになりました。

「船の燃料には、100年ほどずっと石油が使われてきました。それがいま、脱炭素化の流れで新しい燃料に変わりつつある。歴史的な転換点だと思っているんです」と、磯村さんは話します。世界のモノの貿易の約8割(量ベース)は、いまも船が運んでいます。そして一度作られた船は、20年、30年と長く使われます。だからこそ、いまAMANEに載せる技術の選定には、大きな意味がありました。

「こんなに複雑な設計をしている船は、AMANEくらい」。プロジェクトのなかで、たびたび聞かれる言葉です。検討のスタートから造船契約まで、2年。「平均的には1年、短いと半年で契約に至ります。2年かかるのは、本当にオーダーメイドみたいな場合だけですね」と堀田さんは語ります。契約から建造にさらに2年半。足掛け4〜5年をかけて、AMANEはいまも佐世保で建造が続いています。

もっとも、船に乗る人がこの転換点を意識する場面は、ほとんどありません。技術に気づけるのは、乗船経路の右手に見える水素タンクくらい。「技術を感じさせすぎずに、とはいえ実際には載っている。まるで無いかのように振る舞っているところがポイントなのかなと思います」。水素搭載を主に担当した磯村さん自身が、そう話します。見えないところまで丁寧に作られた船だと感じてもらいたい。それが、話を聞かせてくれた人たちに共通する思いでした。

まだ誰も聞いていない音

従来の船では、出港のときにエンジンが立ち上がり、話し声がすこし途切れて、乗客は船が動き出したことに気づきます。

AMANEには、それがありません。堀田さんはこう話します。「気がつけば動いている、という感覚になると思うんです。動いているのに、陸にいるかのような」。会話が続いたまま、船だけが岸を離れる。それが本当かどうかは、就航の日にわかります。


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